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伊勢音頭

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月27日(月)00時19分50秒
返信・引用
  >里帰り伊勢音頭全国大会・・・
一人で黙って出場したんですね。なんて水臭い!(失礼)
早朝から旧神社丸の解体式に出て、その後、伊勢まで!?
>観客が少なく・・・
声を掛けて頂ければ、私も鼓太郎さんも観に行ったのに!
ねっ!鼓太郎さん!!(笑)

<写真:今日、旧神社丸の解体式を見に行くのに車停めたのが、たまたま十四川の一本松の所でしたので、思わず写しちゃいました>
 

広まった伊勢音頭

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月26日(日)23時15分35秒
返信・引用
  今日、里帰り伊勢音頭全国大会を見てきました。
毎年と内容は、変わらないのに行ってしまうのよねー。
毎年観客が少なくなっているのは、気のせいですかね。
 

なるほど!

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月26日(日)09時47分11秒
返信・引用
  錨を下ろして、子どもたちの化粧を直しに行ったわけですね?

おにゅーどーさんと、こにゅうどう君の中間の中入道だそうですよ。
春には学生服を着ていました(笑
いちょうやさんでのおにゅーどーさんの練のときに、共演したとか・・・
そんな話を聞いた覚えがあります。
 

中入道!?

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月25日(土)23時23分1秒
返信・引用
  鼓太郎さん、
中入道!?っていうんですか?このロボ入道。
以前、新道通りの“いちょうや”さんのモノだった記憶があるんですが、
いつの間にかクリスチャンになってしまいました。

>逢いにぃ 北町ぃ!南町・・・
私もこの唄は好きです。

生川半四郎さんのお話・・・
若い衆には、この北町や南町に気に入った娘がいたそうです。
若い衆は、ここに近付いてくると
船の乗る子供たち(オドリコ、ロコギ)に梨を食べさせたそうです。
梨を食べた子供は口の周りの白粉が取れてしまいます。
「こりゃアカン」と若い衆が子供を肩車し、
急いで芸者さんのいる店へ駆け込んで化粧を直しに連れて行ってしまったそうです。
こんな事がしょっちゅう・・・。
でも実は、これは若い衆が、お気に入りの娘に逢いに行くために
仕組んだ事。
「アイツらの考えはわかっとるんや。」と
当時を振り返ってよくお話してくれました。

<写真:南町の芸者さんが練りに夢中です。(昭和9年9月 南町通り吉田政男氏 撮影)>
 

中入道

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月25日(土)08時39分34秒
返信・引用
  正一さん
写真は商店街の中入道くんですね?
「泗水港にぃ〜錨を下ろし、アァ逢いにぃ 北町ぃ!南町ヤッサ!
治まるぅ御代ぉやぁとぉせぃ!」

「逢いに北町 南町」僕はここが好きですねぇ^^
粋な言葉遊びですね。
 

寂しい・・・

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月25日(土)00時12分45秒
返信・引用
  freakesさん、ありがとうございます。
>絵はがきを集めた本・・・
そうですね、S先生や祭り好きさんもご提供されてるんでしょうか???
個人的には、抜粋したものでない、三重の祭の絵葉書集みたいなものが見たいですね。

写真は北島組 旧神社丸のゴシャクの波飾りでしょうか?
今週日曜日に旧神社丸(裸船)は解体されるそうですが、
残念でなりません。寂しいですね。

<写真:寂しい商店街にサンタの衣装の“ロボ大入道”・・・。
「自分、神道やあらへんのんかい!!」と更に寂しい気持ちに・・・。>
 

絵葉書

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月21日(火)00時21分55秒
返信・引用
  最近広告で三重県の絵はがきを集めた本が出るそうですね。
モノクロ写真の時の風景が載っているそうです。
四日市祭りの写真もあるように書いてありましたが、どうなんでしょうか。
意外とS先生が集めた写真がそのまま載っていたりして。
世代間をこえるお付き合いは、すばらしいと思います。
保存会でも、どうしても同じ年のもの同士集まってしまいますよね。
お年寄りとお付き合いしないと、伝統の伝達もとまってしまいますから、僕もそのような集まりには行きたいのですがね。
富田であればねー。
 

“流し唄”をひとつ

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月20日(月)23時25分51秒
返信・引用
  シモ唄パレードになってきましたので、
ひとつきれいな流し唄を・・・。

「泗水港にぃ〜錨を下ろし、アァ逢いにぃ 北町ぃ!南町ヤッサ!
治まるぅ御代ぉやぁとぉせぃ!」


<写真:戦前、色町と呼ばれた北町や南町。南町通りの芸者さんが中二階から練りをみているところをパチリ!(昭和9年9月 吉田政男氏撮影)>
 

囃言葉

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月20日(月)16時19分4秒
返信・引用
  freakesさん
>「くっさいもんじゃ くっさいもんじゃ おまん○はくっさいもんじゃ」と書いてありましたよ。
そうでしたか!!聞いているだけではわからないですねぇ(>_<)
じゃぁ、「泡吹く 泡吹く・・・」も同じパターンですかね??
ビデオで見て聞いていると、どうも「おまん○はくっさいもんじゃ」の部分をにごしていっているような?
「磯津の若い衆はつんぼかほしか」これも結構すきな囃子です(いまは『つんぼ』なんて使うと、『それは差別言葉や!』と怒られるそうですが・・・)。
 

すんません

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月20日(月)12時27分31秒
返信・引用
  赤工さん、ありがとうございます。
まだまだ、ゾクゾクと誤字脱字があると思いますので、
よろしくお願いします。
で、赤工さん
「中央小フェスタ」行かれましたか?
イイ「からくり」の写真は撮れましたか?
 

ミスタイプ?

 投稿者:赤工  投稿日:2006年11月20日(月)02時14分24秒
返信・引用
  カンコーさん
新丁「官公」山車の地元(旧四日市)での呼び名です。
…これは菅公さんではありませんか?
 

たしかに

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月19日(日)23時13分16秒
返信・引用
  freakesさんへ
書き込みありがとうございます。
>年齢層がみょーにたかい・・・
まぁ、組長含め、各会代表が中心の旅行ですからねぇ。
でも、年齢層が高くて「よう行かんわ」なんて言う奴は別に来んかって良し!です。
私 正一は「昔の祭の話も聞けて旨いモン食えるから喜んで!」ですから・・・。
>各会と仲良くなる・・・
そうなんです、
こういう事もあって町内のみなさんと仲良くさせて頂いてます。
来年は、freakesさんも一緒にどうです?
参加しませんか?

保存会若い衆へ
めっちゃ旨いモン食べれるから来た方がエエよ!っていうか、かなりお得よ。
 

(無題)

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月19日(日)22時42分59秒
返信・引用
  年齢層がみょーにたかいのは、気のせいですかね。
ビールでへろへろになって楽しそうですね。
保存会といえども、各会と仲良くなると、いろいろ良さそうですね。
富田は、こういったことやっているのかな。
 

町内旅行

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月19日(日)22時24分54秒
返信・引用
  今日は、
自治会、老人クラブ、婦人会育成会、子供育成会、鯨船保存会等の各代表による
日帰り旅行がありました。
私 正一も最年少ながら2年連続で参加させて頂いております。
保存会の会話は、やはり鯨船関係が殆どで、
七つ屋町の「勢州丸」の事も話題に出てました。

<写真:南知多で「かんぱ〜い!」>
 

商店街

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月19日(日)19時09分23秒
返信・引用
  地元にもイオ○で買い物をせずに、魚屋や八百屋で買い物をしろという人がおりますが。
商店街にもがんばってほしいですね。
しかし地元の人間にも商店街で購買意欲が沸かないといっておるかたがおります。
富田商店街も今ケーブルテレビで一生懸命に宣伝しています。

>「くっさいもんじゃ くっさいもんじゃ お前のはくっさいもんじゃ」
磯津で頂いた保存会の歌詞には、「くっさいもんじゃ くっさいもんじゃ おまん○はくっさいもんじゃ」と書いてありましたよ。
恥ずかしがるんじゃなくて、むしろ快感に思わなければ。
 

鯨船男やね

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月18日(土)13時45分33秒
返信・引用
  鼓太郎さん、
エエ勉強してるやないですかぁ。
よぉっ!
鯨船を造るために生まれてきた男!(失礼)
「磯津の鯨船」のHP、期待してますよ。
「大正丸」復活のためにも・・・。
 

「>こういう勉強」とは・・・

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月17日(金)16時19分39秒
返信・引用
  正一さん
機械材料の勉強で、車輪の軸や軸受けにかかる力は云々・・・という勉強をしてます。
工業系の学校に行ってますので^^
鯨船の授業があれば居眠りなんかこかないのに・・・(笑
実習では唄アゲ希望です(大笑
磯津の船のファンのサイトでも作っちゃおうかな(検討してみます

freakesさん
船の扱い方についてのみかたは、人それぞれでしょうねぇ・・・
荒れた海を表現するなら、あれぐらい必要でしょうかね。
「飲んでさせ 飲んでさせ 飲んでささなきゃ酒屋が困るよ 酒屋どころか女郎屋がこまるよ」
「・・・酒屋どころか女郎屋がこまるよ ドコショーイドコショイト エイジャソレジャイナァ〜」の部分は船を煽らないので、若い衆のちょっとした休憩(?)になりそうですね。
あまり囃唄は記憶に無いので真相は分かりませんが、あったかもしれません。
「北勢鯨船行事調査報告書」の内容では、囃唄がいくつか抜けているので分かりません。

何年か前のビデオで、「くっさいもんじゃ くっさいもんじゃ お前のはくっさいもんじゃ」と囃していたような、いないような・・・
「泡吹く 泡吹く お前のが泡吹く」と囃していたような、いないような・・・(笑

定かではありません(苦笑
 

本町通りの岩戸山

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月17日(金)00時28分48秒
返信・引用
  本町通り商店街HP↓
http://www.0593.info/honmachi/

「岩戸山」山車の紹介↓
http://www.0593.info/honmachi/iwato/index.html
 

また×3 ありがとうございます

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月17日(金)00時17分1秒
返信・引用
  生入れの写真、これもまたイイ写真ですね。
このような生入れは、南納屋では行っていませんが、
例えば、古い鯨を解体する際は、生抜きを行います。
鼓太郎さん、これらの写真を使って「磯津の鯨船」のHP
作られては如何ですか?
掲示板でアップしていただけるのは非常にありがたいのですが、
簡単な紹介のようなモノでもどうですか?
>学校でこういう勉強してます
鯨船の練り方についてですか?(笑)
(有)ゴーリキアイランドに就職希望とか?(笑)

>このfreakesさんは、右の首を伸ばした方と左下の方のどちらを・・・
首を伸ばしている方が、freakesさんで、
左下で観ている方は、コニュードークンです。

<写真;中央小フェスタでの岩戸山。昭和63年に「本町通り商店街」が、空襲で焼失した旧「蔵町」(現在の吉野家の牛丼の通り・蔵町通り)の「岩戸山」山車を当時に近い状態で再現させた。>
 

どっちだ

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月16日(木)22時25分29秒
返信・引用
  >写真:喉にみたらし団子を閊えて苦しい表情のfreakesさん
このfreakesさんは、右の首を伸ばした方と左下の方のどちらを指すんでしょうか。

磯津が船の扱い方が雑だとは、思いませんが。
むしろ演技としてしているのでしょうがないという気がします。
「飲んでやれ 飲んでやれ 飲んでやらなきゃ酒屋が困る 酒屋どころか女郎屋が困る」
とかずいぶん好きな囃子です。
ビデオを見ていると「たんじゃないか たんじゃないか 惚れられたんじゃないか」という囃しの後に「おっと 間違えた嫌われたんじゃないか」と言っているように思うのですが、真相は、どうなんでしょうか。
 

そういえば・・・

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月16日(木)16時29分14秒
返信・引用
  ビデオを見ていても、囃と太鼓に合わせて「ガッチャン!がっちゃん!」とゴマの打ちつけられる音がしてます(笑

>ゴマが付く寸前で受けるのが・・・
freakesさんのHPの掲示板で、以前に「納屋は船の練習では卵で云々・・・」とネタに上がっていて、よく覚えてます。
よく考えると、納屋や富田の船よりも磯津の船のゴマが痛むのが早いはず・・・
ゴマの軸も確実に壊れるはずなんですが・・・(学校でこういう勉強してます)。
なにか特別な材質を使っているとも思えないですし。
まぁ、簡単に言ってしまえば、船の扱いが雑なのは事実かもしれません(苦笑

磯津大正丸 船の生入れ
 

鼓太郎さんありがとうございます

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月15日(水)22時47分6秒
返信・引用
  またまた大正丸の写真ありがとうございます。
何度も言いますが、やっぱ純正の装束の方がカッコイイですって。

>ひたすら、上げては打ちつけ・・・
他地区の練りについて文句を言うつもりはありませんが、
怒らず聞いてください。(ホンマに)
磯津は、若い衆が祭を引っ張り、みんなで唄を囃し、
本当に本当にすばらしいと思いました。
しかし、実はこの“上げては打ちつけ”を
私は船を壊してしまうのではないかと、心配しながら苦しい思いで毎年観ていました。
これは、以前freakesさんのHP↓
http://www.kujirabune.jp/
でも話題になった事がありますが、
当町の練り方は、
シャクった場合などは、チリと呼ばれる梶取役が(艫上げの場合は外床または内床も)
ゴマが付く寸前で受けるのが基本となっているからです。
ゴマが「ガッチャン!ガッチャン!」なりようなら、
太鼓叩きをはじめ、船の周りにいる先輩方から怒られてしまいます。
なにより船のゴマがつぶれて(壊れて)しまいます。
磯津と南納屋では船を上下させる扱い(練り方)が全く逆といえるのでないかと思います。
ですから、南納屋の環境で教えられた私らから見てしまうと
前述の“心配しながら”という目で見てしまうのです。
(怒らないでね。ケチを付けているのではないですよ。)

<写真:喉にみたらし団子を閊えて苦しい表情のfreakesさん>
 

フェスティバル

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月15日(水)22時12分21秒
返信・引用
  前回の写真は、鼓太郎さんがおっしゃると通り、塩浜小学校での練りです。

正一様、中央小フェスタでは、みたらし団子ありがとうございました。
ちなみに出演は、してないですが。
 

なぁるほど!

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月14日(火)16時18分56秒
返信・引用
  シャクるに千鳥に・・・難しいですねぇ(笑
納屋や富田のように小刻みな動きはなく、町練は大きな立て揺れのみの練ですね。
ひたすら、上げては打ちつけ・上げては打ちつけ・・・だけの勢い優先の練かと(笑
床の部分を肩で担ぐということも無く、手で押し上げては打ちつけ・・・でした。
freakesさんの写真は塩浜小学校での練の時の写真じゃないですか?

では、僕は磯津の船の写真三枚目・・・
題して「エジャエジャ〜」
 

freakesさん

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月14日(火)00時12分44秒
返信・引用
  freakesさん、「中央小フェスタ」出演ご苦労様でした。
よろしければ、freakesさんの視点からのお写真お願いします。
>「田舎の姉さん・・・
とか
>七つ屋町では、「おめ・・・
とか、この手の話にはすぐ反応するfreakesさん!
鼓太郎さんもfreakesさんも若いからしゃあないな!
(失礼)

ところで、これはどこの写真ですか?
 

鼓太郎さん

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月14日(火)00時00分1秒
返信・引用
  ありがとうございます。
大正丸のエエ写真やないですか〜。
やっぱ、特攻服?より磯津純正の半纏の方がカッコイイですよぉ!
>トモを幾度も高く上げる練
そういえば、磯津では艫の床(トコ)を
そのまま手で上げて下に打ち付けるような練り方が多かったように思えましたが、
シャクル・・・磯津では当てはまらない表現なのかもしれませんね。
freakesさんが言われるように納屋でも小刻みに揺らす動作をいいます。

<写真:話とは関係ありませんが、12日に行われた「中央小フェスタ」です。
実は、freakesさんも一緒にいました(写真左)。>
 

難しいですね

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月13日(月)22時28分56秒
返信・引用
  >トモを幾度も高く上げる練(これをシャクるというのでしょうか)
富田でも南納屋でも、最大限に大きく倒した状態や、最大限に高く上げた状態をシャクルとは言わず、小刻みに横に揺らしたり艫を上げることをシャクルといいますので、磯津で言うところの、大きく3回と小さく1回艫を上げる練自体をシャクルといわないと思います。

>横揺れや回転(富田でいう千鳥でしょうかね)
古川町は、楠のように練ることがあって、そのことを千鳥を言うようですよ。

>「田舎の姉さん かんざし銀でも 尻ふきゃワラだよ イヤッサヨイトコショーエー」
「田舎の姉さん」とは、田舎の遊女のことですかねー(またその話か)

いちゃもんばかりすいません。
かつて鯨船行事を行っていた、七つ屋町では、「おめこに張れば 太鼓の音がする」と唄っていたそうですよ。
 

ゴシャクの鉄棒は・・・

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月13日(月)16時41分37秒
返信・引用
  トモを幾度も高く上げる練(これをシャクるというのでしょうか)で、重心をミヨシ寄りにするためにぶら下がるようにしてトモを上げる助けをしている、と親戚が言ってました。

横揺れや回転(富田でいう千鳥でしょうかね)の練は宮さんだけですので、昔からあったのか、それとも富田を真似したのか・・・正一丸の時には無かった練の方法でしょうねぇ〜
町練は立て揺れのみです。

「田舎の姉さん かんざし銀でも 尻ふきゃワラだよ イヤッサヨイトコショーエー」
これは卑猥な部類・・・ではないですね(笑

freakesさん
それは失礼いたしましたm(__)m
考えてみると、「みえいでヨイジャ」では語呂が悪いですねぇ(笑


写真・・・これではでかすぎますか?
 

鼓太郎さんへ

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月13日(月)06時37分55秒
返信・引用
  >freakesさんの書き込みの「御影でヨイジャ 何ンヨイジャ・・・」、お札さんを降らせたなら、御影を「おかげ」とよまずに「みえい」とよますのでは?

本に、「おかげ」と振り仮名が振ってありました。
 

朝と夜だけ飲めば効く!プレコール

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月13日(月)00時56分27秒
返信・引用
  鼓太郎さん、ありがとうございます。
やっぱり風邪ですか?
今年のは風邪はシツコイですから、ぶり返さないよう気ぃ付けてくださいね。
>写真初投稿
大正丸ありがとうございます。遠慮なさらず、もっとサイズ大きくてもよかったのに・・・。
やはり何となく「正一丸」の雰囲気があるように私には見えるんですが、
ゴシャクの波模様が貫木よりも後ろに続く飾りが同じようにあります。
でもゴシャクの富田の船のような鉄棒は、明らかに後付けのような気がします。
横波用と船と縦波用の船の違いはなんと言っても後ろの床(とこ)の高さです。
四日市の船は縦波を受けているように演技するため、
この床が肩で担いだり、シャクったりする事ができる高さにあり、
逆に床をそのような事に使わない富田の船は床(とこ)の位置が低いのです。
富田は横波のため、ゴマの位置やミヨシの長さをはじめ、
4杯ともそのように作られているように見えます。
ですが、磯津の大正丸はこの床が高いため、
元々は、縦波の演技しか行ってなかったんではないでしょうか?

>卑猥な囃・・・
南納屋でも「“諏訪さん中”や“カメラ(CTY?)の前”で唄うなよぉ」とか言われますが、祭が始まると、そんな事はお構いなしです。
 

御影

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月11日(土)09時48分38秒
返信・引用
  熱で寝込んでおりました、鼓太郎です。

freakesさんの書き込みの「御影でヨイジャ 何ンヨイジャ・・・」、お札さんを降らせたなら、御影を「おかげ」とよまずに「みえい」とよますのでは?
(神さんや仏さんのお姿(絵)は御影(みえい)と読みます。)

そういえば磯津は卑猥な囃しが多い(ほとんど?)です。
「質おいてじょろ(女郎)かい 余りで酒飲み」なんかでは女郎(じょろ)さんも出てきます(納屋にもこの囃しはありましたね)。
そのほか処○とか・・・
卑猥ってほどでもないですかね?(笑

正一さんの仰るとおり、差別だ卑猥だ云々・・・と、なんでもかんでも排除すればいいってもんじゃないですよね。

写真初投稿
磯津大正丸 (再結成?)十周年記念の時の写真です。
 

これは大発見では!?

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月10日(金)23時53分48秒
返信・引用
  freakesさん、ありがとうございます!
「♪オ○コに紙張れぇ 破れたらまた張れぇ♪」
南納屋の唄上げYちゃんの得意フレーズです。
こないだの話では、てっきり富田南島組の
「♪臭いモンに紙張れぇ 破れたらまた張れぇ♪」が
当時の若い衆の“オチョケ”で変形したいったものだと・・・という事で
話はまとまっていましたが、
これが基となっていた事が有力なんやないですか?
もしそうであれば、
「♪オ○コに紙張れぇ 剥がれたらまた張れぇ♪」と
囃すのが正解かなのかも?いやぁ、コレは大発見ですよ!
以前、freakesさんが、
差別的な囃や卑猥な内容の囃の中にも、何かしら意味が含まれ
単にそれらを削ってしまったんでは、本来の祭文化が失われる・・・
というような話をされてましたが、実際こういう事が解ってくると
まさしくそのとおりですね。

<写真:H14年「秋の四日市祭」諏訪神社境内での練込。
(祭り好きさん撮影のものを編集)>
 

あなたのおかげ

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月 9日(木)22時52分24秒
返信・引用
  本を読んでいたら、面白い文章を発見しました。

明治維新に財政が膨張したために、幕府や諸藩は紙札を発行した。
物価が高騰してインフレになった為に庶民は、大喜びした。
さらに勤皇の志士が神札を天から降らせ人心を困惑させたために、人々は狂喜乱舞した。
家に勝手に上がりこんで酒を飲んだりしていたような有様だったらしい。
そのときに歌われた歌に

「御影でヨイジャ 何ンヨイジャ
 ヨイシャ ヨイシャ ヨイシャ
 ナイカデモナイカ ナイカナイカナイカ
 おめこ紙はれ へげたらまたはれ
 ヨイジャナイカ
 三年前から 尾張様へ長州と和睦の下心
 ヨイジャナイカ ヨイジャナイカ ヨイジャナイカ」

というのがあったらしいのですが、南納屋の囃しを連想させるものがありますね。
「○○○に紙張れ 破れたらまた張れ」の紙とは、このときの神札かお札のことじゃないのでしょうか。
伊勢神宮の「おかげ参り」を連想させるような「御影」という歌詞があります。
 

お知らせ

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 9日(木)22時40分12秒
返信・引用
  11月12日(日)に中央小学校にて「中央小ファスティバル」が開催されます。
なんと、四日市祭の人気者 中納屋町「大入道」をはじめ、
4台もの練り物(からくり人形山車)が登場します。
(鯨船は出場しませんが・・・)
寒い冬が近づいてきてますが、
もう一度、祭気分を楽しみましょう!
(詳しくはこのHPの日程をご覧ください)

<写真:蔵町「村上時雨」前での中納屋町「大入道」の演技。H16.8>
 

あんたが“大正”!!

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 6日(月)23時25分45秒
返信・引用
  ミヨシの角度を寝かせた話は、
10年数以上前に磯津の方から聞いた話ですが、
鼓太郎さんに言われて思い出しました。
たしか、新調の際には全長を小さくした事も言っておられました。
(残念ながら、もうその方とはお付き合いが無い為、今は確認できませんが・・・)

そういえば、freakesさんも以前、
袋町「正一丸」が磯津「大正丸」の前身であれば、大きさは、大正丸=正一丸。
「正一丸」は南納屋町「明神丸」を比べ、ほぼ同じか?やや小さい?らしい。
でも「明神丸」と「大正丸」を比べると「大正丸」が明らかに小さいのでは?
なんて言ってましたが、
その時は、この話はスッカリぶっ飛んでました。(失礼しました)

<広報よっかいち表紙の「大正丸」(平成8年10月上旬号No.984 )>
 

大正丸

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月 6日(月)18時11分4秒
返信・引用
  ヘサキの角度・・・知らなかったです!
確かに昔の写真のヘサキは、グッっと上を向いているような??

「鯨」の大紋の鯨隊の半纏も、白地に波模様・赤の「大正丸」の半纏も、紺地に竜・襟に「証」の半纏(羽織みたいに帯を締めなくてもいい半纏でした)も、どれも好きですが、実はバラバラの鯉口も好きだったりします。
以前は白のTシャツか鯉口が主流だったようですが・・・
特攻服はいただけませんが(苦笑

それと、以前の船に比べて船体が短くなったような??
気のせいでしょうか・・・
小さいころに一回だけしかカラ船(裸船)を見たことが無いので分かりませんが・・・
 

10年前の磯津

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 5日(日)21時28分30秒
返信・引用
  なつかしいスクラップが見つかりました。
10年前の磯津は盛り上がってましたねえ。
やっぱり、みなさんの装束は、半纏も半纏脱いでもお揃ですね。
 

磯津 「大正丸」

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 5日(日)02時24分0秒
返信・引用
  鼓太郎さん、書き込みありがとうございます。
そうですか、磯津は休止してから、もう5年にもなるのですね。
私が心配するのは、この最低5年間は子供達が祭に触れていない事であり、
これ以上間が空くと“祭の血”が途絶えてしまうのではないかという事です。
鼓太郎さんの力でなんとか!

磯津の装束ですが、以前の“白地”も“紺色”のも、正規の半纏は好きでしたよ。
でも結構みんなバラバラしていて、揃っていないのが私にはなんか残念でした。

話は変わりますが、
「大正丸」は裸船を新調した際に、ミヨシの角度を以前より寝かせたと聞いています。
今の「大正丸」に「正一丸」の面影を見る事は難しいですが、
ゴシャクの波模様の彫刻が貫木より後ろに長く伸びた部分や屋形の三角の形が「正一丸」っぽく、私には見えます。

<写真:同じく、H13年「大正丸」>
(ピントが悪いのですんません。大正丸の写真がなかなか見つかりません。)
 

半纏が・・・

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年11月 4日(土)08時52分45秒
返信・引用
  おはようございます!

この写真は半纏が変わってから・・・
というと休止の前の年の祭かと。
このとき、いとこが踊り子でした。
たしか、赤の装束を着ていたような・・・
久しぶりに大正丸の写真を見ました!
ありがとうございますm(__)m

踊り子のふり、磯津はたしか扇を開いてお辞儀をして座って、終わりだったと思います。

「宮(諏訪)前で鯨を突いた サァーこれもォお宮(諏訪)のォ ノホホーイホーイ! のーり(御利)しょかエ おーめでたやァ」
どの地域も歌はほとんど同じですね。
 

土下座!?

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 3日(金)22時17分14秒
返信・引用
  たしかに、
オドリコの最後(♪サァこれもお諏訪の〜)は土下座・・・というか、
深々と感謝の意を表現している振り付けだと思うんですが・・・、
逆に、富田北島組は違うんですか?
そうですね、オドリコ(ハザシ)の振り付けも各地域によって微妙に違いますよね。
freakesさんは、
おネエちゃん達に土下座するような事してませんか?


鼓太郎さん、お待たせ!
<写真:磯津「大正丸」の宮練。H13.9>
 

ありがとうございます

 投稿者:freakes  投稿日:2006年11月 3日(金)00時34分4秒
返信・引用
  南納屋の練習を見学してびっくりしたこと。
ハザシが最後に土下座すること、南島も確かしていたような気が。
 

鯨船最中

 投稿者:正一  投稿日:2006年11月 2日(木)22時04分49秒
返信・引用
  これは美味い!
ホンマに美味いですよ!
この最中のサクサク感って、なかなか体験できません。
口の中いっぱいに香ばしさが広がりますよぉ♪
また、餡が甘すぎず、クドくなく最中に丁度イイ!
みなさんも富田に行った際は是非お買い求めください!!
(美味いんですけど、なんで“鯨船”?なのか分かりませんが・・・???)

<写真:平成17年10月四日市祭、明神丸の諏訪公園南側での練り>
 

デンコンデン!

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月29日(日)00時06分25秒
返信・引用
  鼓太郎さん、freakesさん、
書き込みありがとうございます。
そして動画もありがとうございます。わざわざ、freakesさんのHP↓
http://www.kujirabune.jp/
のアップローダまで使用して頂いて感謝です。
私は「太鼓叩き」ではありませんので、詳しい事までは言えませんが、
鼓太郎さんがおっしゃる「ドコドコ・・・」と聞こえる部分は、
実はコレも「デンコンデン」(デコデン)と打っているのですよ。
この部分、以前は南納屋では邪道といわれた叩き方らしいのです。
古老と呼ばれる年代の町内の諸先輩方によく聞かされた話では
この叩き方をしていたのが袋町「正一丸」で、
また、故 生川半四郎さんの話では、
コレを始めたのが正一丸の太鼓叩き「村山善太郎」という人らしいです。
(生川さんは村山善太郎さん(善太やん)の事を是非書き残したいと言っておられましたが、残念ながら実現はしてません。)
いつしか、南納屋も取り入れて叩く人も出てきたそうですが、
邪道とはいえ、現在もこの叩き方が出来るのは、
私の知る限り南納屋でも数名だけです。
何度もいうようですが、細かい叩き方の事などは、
私 正一は「太鼓叩き」でなく「梶取」ですので、
詳細は即答できませんので・・・。

それと、あま〜い鯨船の御菓子の話・・・
こんな細かい情報まで、流石ですね。
ぜ、是非! か、買いに行きたいんですけど!(笑)
そ、そこのお店は何処なんですか!?な、名前は!?

<写真:諏訪神社御鎮座800年祭での練り込み。H14.10(祭り好きさん撮影)>
 

こんにちは!

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年10月28日(土)08時44分13秒
返信・引用
  正一さん
あのときは笑いました(大笑
鯨も逃げる時は一号線へまっしぐら!!
富田の船の楽しみ方がわかったような気がしました(笑
確か、鰻屋でついてからfreakesさんが登場されたように記憶してます。

freakesさん
連打が早いというか、細かいですね。
しかも、ただ「ドコドコ・・・」を細かく打つ連打とはまた違う拍子に聞こえますが。
座って打つことが無いのであまりわかりませんが、、、
・脇を締めること
・連打のときはあまり撥を振り上げない(ドンドコドコトドンドンドンの最後のドンのみ、やや大きく振る)こと
が、映像を見て考えられる連打のコツかなと思います。
連打に慣れているので、今までなんとも思わなかったのですが、改めて言われてみるとすごいですね〜!!
諏訪太鼓では「桶胴太鼓」と言う種類の太鼓はあの撥くらいの太さで打ちます。
 

鼓太郎さんへ

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月28日(土)01時43分55秒
返信・引用
  僕は、南納屋の太鼓が鯨船の中で一番連打が早いと思うのですが。
たぶん、南納屋の太鼓が叩ければ、何処の鯨船でもいけると思っています。
http://kujirabune.jp/uploder/src/up0118.wmv
太いバチで、これ連打できるのがすごいですね、バチが何本にも見えます。
たぶん古老は、流し唄が基本とか言うんでしょうけどね。
 

鯨船最中

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月28日(土)01時38分5秒
返信・引用
  ついに、鯨船お菓子の本命の登場です。
「鯨船最中」といいます、小水押しの横にいる鳳凰が神社丸の証です(そういえば明神丸も鳳凰があったけ)。
最中と餡が別々で、食べる前に最中で餡を挟んで食べるようになっており、いつ食べても最中の香ばしいサクサク感が楽しめるようになっています。
石川県白山市産の最中と北海道十勝地方産の餡の奏でるハーモニーは、まさに船と鯨が見せる絶妙の演技を想像させます。
みなさんも富田に来た記念に、親しい友人の贈り物に、甘いものが食べたいときに、ぜひご利用ください。
 

鼓太郎さん

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月27日(金)23時55分53秒
返信・引用
  鼓太郎さん、お久しぶりです。お元気でしたか?
>神社丸の写真
実は1号線交差点での練り(本当は鰻屋さんですね)は見られませんでした。
練った後に到着したものです(鳥出さんから)。
初めてここでの練りを観た時は感動しました。こんなんあり?状態でした。
この練りは信号変わってもしばらく止めてる時もありますもんね。
明神丸も23号線を横断する時には、わざと艫を何度もシャクリながら渡るのですが、
そんなんが精一杯です(23号線でしばらく信号止めてたら、すぐに渋滞するでしょうね。でも本音は、地区を分断している23号線に遠慮はしません)

>諏訪さんの写真
そうです。祈祷して頂いた9月30日に撮ったものです(悲しい)。
この日は最高の天気やったんですけどね。
鼓太郎さんはキチンと祭できたみたいで羨ましいです。

<写真:祈祷後の諏訪さん内で、実行委員会の説明を受けてます。>
 

こんばんわ!

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年10月27日(金)22時01分0秒
返信・引用
  どうも、諏訪太鼓の鼓太郎です。

正一さん
この神社丸の写真は、赤信号の時にわざわざ一号線まで出て行って練った時の写真ですよね?(笑
僕もこのとき練を見ていたんですが、、、
もしかしたら、顔ぐらいはあわせていたかもしれませんね〜^^

諏訪さんの写真は祭りの直前ですか?
 

happyさん

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月26日(木)21時45分41秒
返信・引用
  ありがとうございます。
happyさんも
遠慮なさらず、ドンドン書き込んでくださいね。
 

すごい

 投稿者:happy  投稿日:2006年10月26日(木)18時16分46秒
返信・引用
  この掲示板は面白いです  

freakesさん

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月25日(水)00時14分31秒
返信・引用
  freakesさん、書き込みありがとうございます。
>映像の光景・・・
「祭博」は私は参加してませんが、
この件は今でも町内で有名な笑い話になってます。動画ありがとうございます。
これこそ、freakesさん大好きな「悪ふざけ」ですね。
動画で見ても「悪ふざけ」が面白く映ってますが、
一歩間違えたら喧嘩になっちゃいますよ。
最近おとなしいのは、
T−MANさんから音沙汰ありませんね。多分見てないんですね。

>お菓子の写真・・・
「富田一色」で「鯨船」のお菓子で名前が「大四日市」???
たしかに絵が「大四日市まつり」の「明神丸」っぽいですか、
ココは「神社丸」って事にしときましょう。

<写真:東富田 北島組「神社丸」。H18.8>
 

嗚呼なんて事を

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月23日(月)05時55分34秒
返信・引用
  私が鯨云々でおかしなことを言ったのは、以下の映像の光景が目に焼きついているからかも
http://kujirabune.jp/uploder/src/up0117.wmv
南納屋と南島は、ほんとに仲がいいですね。
皆さんもホームビデオでおもしろい鯨船の動画とかあったら、アップしていただけると嬉しいです。(宣伝でした)

富田一色に本店を構える某お菓子屋さんで見つけたお菓子の写真を載せます。
喧嘩祭りの一色で鯨船も何かと思うのですが、これって明神丸の気配が濃厚です。
 

なんてことを・・・

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月23日(月)00時01分36秒
返信・引用
  freakesさん・・・なんでこんな姿に・・・。
って、またまた、こらこら!
子供の夢を壊しちゃアカンやろぉ★
(freakesさん、オチョケ大好きやなぁ)
みなさん誤解するといけませんので、
freakesさん率いる北島組「神社丸」の宮練りでの
真面目なfreakesさんをどうぞ!
 

記憶の海から甦った「正一丸」

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月22日(日)23時44分34秒
返信・引用
  今日は、生川半四郎さんの御仏前に御線香をあげさせて頂きました。
生前の半四郎さんは、昔の四日市の事や正一丸の事は鮮明に覚えていたらしく、
御家族の方にもよくお話されていたそうです。
何度もいいますが、半四郎さんのお陰で正一丸の全景が私なりに見える事が出来ました。
ありがとうございました。
半四郎さんの意思は我々が受け継いでいきます。
<写真:昭和17年9月戦捷を祝って諏訪神社に練り込んだ、戦前最後の正一丸。中央付近に当時の町総代(現在の自治会長)大井孝太郎さんや生川半四郎さん(31才)、そして船上には袋町の伝説の太鼓叩きの村山善太郎さんが見えます。しかし既に太平洋戦争が勃発し戦時中であるため、若い衆の姿が殆どいないのが分かります。>
 

T−MANさんすいません

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月22日(日)06時57分28秒
返信・引用
  南納屋の昔の鯨は「回ってきた 回ってきた」とか言って3人ほどでグルグル回したり、観客に突っ込んでくるような感じもあったのですが。
古老に言わすと富田でも今は、5人ほどが一緒に持って動かしたりしますが、昔は絶対に2でしか動かさなかったという人もいるし、昔の鯨はもっとおとなしかったという人もいます。
唄上げのKさんも鯨は、絶対に2でしか動かさないといっておりましたが・・・
鯨は、2名で被るのが常なのか、おとなしいのが本当の形なのか分かりかねますが。

写真 コニュードーくん殺人現場
 

祭は丸坊主?

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月20日(金)19時10分58秒
返信・引用
  >写真の子供達は、どうですか?
これは、“コニュードーくんトリオ”ですね・・・
って、コラコラ!
私 正一までもがコニュードーくん?(爆笑しました)
南楠鯨船HP管理人さんもコニュードーくん?
ホンマもんのコニュードーくんは真ん中が正解なんですけどネ☆
でもトリオでカワイイなぁ。

>バチが当たると・・・
はい、
バチ当たりです。でも彼は平気です。
チ○チ○が服着て歩いてるような人です。

>南納屋の鯨ですが・・・
T−MANさん出番ですよ!答えてあげてください!

(写真:平成16年 大四日市まつり)
 

この写真の子達もかわいい?

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月19日(木)23時34分36秒
返信・引用
  例えば唄上げのHさんが、諏訪さんで「オメコに紙張れ」と言うと、バチが当たると分かってても、囃すのも盛り上がりますね。
鯨が観客すれすれに来るのも、盛り上がりますね。
南納屋の鯨ですが、10年ほど前に比べて、客に突っ込んだりしなくなった気がしますが、喧嘩を売っているわけでないのですが、何か理由があるのでしょうか。

写真の子供達は、どうですか?
かわいいですか、みんな丸坊主で今時珍しいですね。
 

freakesさん、もうひとつ

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月19日(木)01時18分33秒
返信・引用
  オドリコやロコギはカワイイですが、
南納屋町の明神丸の場合、移動の際は綱を子供たちが引っ張ってってくれます。
オドリコやロコギだけでなく、子供たちみんなカワイイですよ。
 

富田の若い衆は金持ちじゃ!

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月19日(木)00時02分1秒
返信・引用
  「鯨船で楽しむんやない 鯨船を楽しまなアカン」・・・
町内の「伝説のロッカー」先輩の重みのあるお言葉です。
もう!これをに反発しているようなフリをして、
実はこれをキチンと理解しているfreakesさん!素直やないなぁ〜。

それと
「悪ふざけは盛り上がりますよねぇ〜・・・」
なんて言うたら、ど、ど叱られますやん!言われへん、言われへん!
私ら梶取は、怪我人なんか出したモンなら、エライ責任を取らされかねませんから・・・。
ただ、昨年は警察官さんと梶取の若い衆がひと悶着ありましたが(私 正一も突っかかりそうでした)、
ある意味盛り上がりました、が、これはいけない事・・・。(いい教訓となりました)

<写真:平成15年「大四日市まつり」での帰り山。鯨船が宝船に。。。>
 

正一様

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月18日(水)22時52分46秒
返信・引用
  ♪質置いて女郎買え 余りで酒のめ
 一文も残すな 迷いの金だよ♪
さすが、一文残さず風俗通いとは・・・
納屋の若い衆の得意分野ですね。
 

悪ふざけ

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月18日(水)22時48分2秒
返信・引用
  祭りで何が一番盛り上がるかというと、悪ふざけなんですよね。
これ以上揺すったらだめだとか、危ないということに最高のドキドキ感があると思います。
もちろん祀るのは、神とあがめるものですから、ただ単に危険行為を楽しんでいるのわけじゃないと思いますが。
子供たちに十分すぎる権限を与えて、してはいけないことを教える、脱線したらきちんと叱ると。でも決して「やめろ」とか「来るな」とか言わないでおけば、対等に叱ってくれる大人と接することが楽しくて(自分たちも大人になったような気になれる)、ドキドキするんじゃないですかね。
車での暴走運転のような危険行為は、する理由が社会に無いので止めさせられますが、祭りは神事という大義名分があるので決して止めさせられることがない、という事に魅力があるのかなーと思います。
これは、「鯨船で楽しむんじゃない 鯨船を楽しむんだ」という意見に対抗するものでもありますが。

話は変わりますが、楠のロコギとハダシはかわいらしいですね。
チューしたいぐらいです。
 

freakesさん

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月17日(火)23時37分41秒
返信・引用
  写真アップありがとうございます。
南楠の龍神丸の上貫木の諏訪の神紋「梶の葉」ですね。
これが龍神丸のルーツが南納屋町「明神丸」であった何よりの証拠なんですから。

で、富田と四日市の話がエライ方向に行きかけてますね。
私 正一は嫌いなのではありませんが、このHPは奥様方やお子様も
もしかしたら見ているかも知れませんので、私は聞かなかったという事に・・・。
続きはfreakesさんのHP上で???
そうですね、ハリキリボーイさんやアメリカ人さんが得意分野ですね。
見ていたらお願いします。
あ、そうそうウチの唄上げのYちゃんも大得意ですよ、その手の話は!
私は何も聞いてません。。。

<写真:いつの間にか「新町通り」が昔の町名の「新丁通り」になっていました。嬉しいです。>
 

郷土の歴史を知る

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月17日(火)23時14分37秒
返信・引用
  山の平さん書き込みありがとうございます。
「やまのだいら」?さんでイイんでしょうか?
freakesさんに振った感がありますが・・・。

とりあえず、私 正一が・・・よろしいでしょうか?
この子供御輿は地区のお祭りの一貫でなのしょうか?
でも、山の平さんが初めてで成り行きまかせであったのならば、
「良い案とは?」とおっしゃる前に、まず、山の平さん自身がそのお祭りがどういうモノなのかを知る事です。
そして地区の歴史を知る事です。
子供神輿が、例えば氏神さまに奉納する大人神輿の付帯的に行われているモノなのか、
それとも単に子供会だけの行事なのか。
前者である場合、その歴史、そして神事性を地区の子供たちにキチンを教えてあげる事です。
そうすれば、自ずと郷土愛なるモノが生まれ、たとえ少数であっても途絶える事はないと思います(そう信じています)。
山の平さん自身も祭りの意味が分かっていれば、多分成り行き任せにはしていないですよ。
後者である場合、う〜ん、なかなか難しいのかも知れませんが、子供だけにさせているのでは限界があるのではないでしょうか?写真を拝見する限り、後ろのご婦人方は祭りをしているようには見えませんけど・・・。
<写真:先日、「鯨船」を調べに来た中央小学校の子供たちには、昔の地図を見ながら「思案橋」や「不動寺」にも連れて行き、納屋の歴史から話をしてあげました。>
 

子供祭り

 投稿者:山の平  投稿日:2006年10月17日(火)22時01分54秒
返信・引用
  先日、今すんでいるちくで子供御輿という祭りがありました。
うちの子も小学生に入ったので親子共々初めての経験だったので
おとなしく成り行きに任せて祭りが進行していったのですが、
やはりこの地区でも少子化が進んでいき子供の数が12〜13人でした。
全体的に子供達の元気がなく、少し寂しく祭りが終わっていきました。
う〜ん・・・残念。
(10年ほど前は30人くらいいて、かなり活気があったらしい・・・)
なにか活気のでる良い案はありますかね〜・・・
freakesさんのネタの様に疼きそうになる事が必要なのですかね??
 

長文レス感謝です

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月16日(月)22時57分10秒
返信・引用
  いやー、半分慰めも入っているかと思いますが、ありがとうございます。
しかし、東海道についての本でも四日市は、項目としてありますが、富田はありません。
上げ馬神事の伊勢音頭でも、「宿場で名高き四日市」と唄っておりました。
かくし売女の名称として、「富田のけい饅頭」というのがありました。四日市は「伊勢四日市のもうか」というらしいです。
いまならさしずめ、富田のシルクハットと四日市のタレントクラブといったところでしょうか。
馬鹿なことばかり書いてすいません。
 

freakesさんありがとうございます

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月16日(月)01時35分17秒
返信・引用
  freakesさん、書き込みありがとうございます。
>正一先生
四日市は古い事を教える土壌がしっかり・・・
といいますが、いくら諸先輩方が資料や文献を作って頂いて電波を発信していても、受信しようとしなければ何にもならないんですよ。
四日市の多くの人はもっと受信しようとしてほしいです。
また、祭りに新しい事を取り入れようとする動きがすぐにありますが、
それはそれで悪い事とはいいませんが、
郷土の歴史や祭りをしっかり解っていてこそ、
そのような話ができるのではないでしょうか?
私 正一も旧四日市祭、そして鯨船神事についてまだまだ勉強中の身です。

>古老の話について
そうはいってもfreakesさん、あちこちに行って勉強なさってるではないですか。
メモを取ったり、ボイスレコーダーのようなモノを絶えず持っていて、チョクチョク自分でまとめたりしないといけないんでしょうね。
富田の場合は現存していますので、四日市より資料が少ないのは、しかたない事なのかもしれまんせんよ。そうであれば、是非freakesさんがおまとめになっては如何ですか?

>楠の神輿が四日市祭りに・・・
いえいえ、神輿は音は聞こえてましたが、別にそんなつもりで行ったんでは・・・
一緒に行った子供達と遊んでただけなんです。で、そのあと南楠に・・・すんませんね。。。
 

今夜3度目の書き込み

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月15日(日)21時40分11秒
返信・引用
  あの日に北楠にもいかれていたのですね。
さすが祭りモード、四日市の神輿が、楠の神輿が四日市祭りに来ていたことをうけて、楠に行っていたと聞きましたが、そんな光景を目にされていたのですかね。
 

古老の話について

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月15日(日)21時34分17秒
返信・引用
  僕は、いま古老の話をうざったいなーとか、テープみたいに同じこと言いやがってとか思いながら聞いていますが、話が聞ける現状を常識として思っているからこそ、半分理解したような状態でいます。
しかし、古老がいなくなって常識でなくなったときに、その話が思い出せるかと思うと、なかなか自信がありません。
今では、紙にかかれなくたった伊勢音頭や、どの本にも載っていない昔話など少しでも記録できるような手段があればいいですね。
正一さんが作られた「諏訪の森に眠る 正一丸の追想」をホームページで拝見すると、写真いりで、目次ごとにリンク先が設定してあり、とても読みやすくなっています。
南納屋の流し唄でもバックミュージックに設定してみると(笑)
 

正一先生

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月15日(日)21時19分15秒
返信・引用
  並み居る古老たちを抑えて大抜擢でしょうか。
どんな質問があったかを想像しますが、「○○○に紙貼れ」ってどういう意味ですかとかあったんじゃないですかねー。
四日市は、富田と違いきちんと歴史が解明されていて書籍も多いし、古い事を教える土壌がしっかりしていますね。
写真は、船蔵よこの公開所ですか、ハザシの銛を挿す穴があったりして鯨船の場所かと思いきや、テーブルがあったりしてなかなか町人の多目的スペースになっているようですね。
 

freakesさんへ

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月15日(日)00時38分53秒
返信・引用
  いやいや、なかなかのモンでしたよ。
ただ・・・
手に持ってる缶ビールがいけませんなぁ。

あと、先日freakesさんの写ってる写真を送りましたが、
あの日、freakesさんと話してばっかで、あんまり撮ってなくて、
ほとんどイイのがないので、それぐらいで許してください。

<写真:楠の祭りの日、北楠の公園から名古屋のツインタワーが見えてました。天気良かったからねぇ〜>
 

生川半四郎 様

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月15日(日)00時06分42秒
返信・引用
  今日は大変ショックな事がありました。
戦前、袋町に在住し、
空襲で鯨船「正一丸」を焼失した後も、
「正一丸」を想い、こよなく愛し続けておられた
生川半四郎さん(津市在住)が、8月下旬に他界されていたとの話をご家族の方にお聞きしました。
7〜8年前までは、何度もご自宅を訪ね、その度に旧四日市や納屋の事、そして「正一丸」についてお話をしてくださりました。
私にとって鯨船の師匠の一人でした。
その後、電話での挨拶はさせて頂いたものの、何年もお逢いしてませんでした。
しかし、今年の4月に町内の水谷敏郎様より、生川さんが今も御健在でとてもお元気であるとの話を聞いておりましたので、
今年こそはご挨拶に行かねばと思っておりましたが・・・残念です。
椙山先生にもこの事はお知らせ致しましたが、
先生も「また一人、昔の祭りを、また正一丸の事を知る人がいなくなった事は非常に残念な事。私 正一も含め、南納屋町をはじめとする港地区の人が、生川さんの意思を受け継いでいってほしい・・・」とおっしゃられておりました。
「正一丸」が復活できるかどうかは分かりませんが、忘れさられつつある「正一丸」や旧北納屋町の鯨船「勢州組」の事は、一人でも多くの人に知ってもらうよう努力するつもりです。
生前、生川半四郎さんは「諏訪の森に眠る 正一丸の追想」や「瞼の正一丸」などの貴重な資料(文献)を残してくださりました。
このHPでも「諏訪の森に眠る 正一丸の追想」は掲載しております。
是非ご覧頂きたい。

生川半四郎さん本当にありがとうございました。
私がこの地区を、そして祭を、鯨船を愛しているのも、
生川さんや町内をはじめとする諸先輩方のお話や想いの詰まった資料や文献があるからです。
ご冥福をお祈り致します・・・。

<写真:大正11年か13年の蔵町通り?での「正一丸」。そして、前列2人の子供の右側が生川半四郎さん(当時11才か13才)>
 

鯨船についてのお勉強

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月14日(土)21時31分28秒
返信・引用
  今日は中央小学校の子供達(南納屋町以外)が鯨船について、尋ねてきました。
聞けば授業のテーマで、毎年恒例とか・・・。
今年は何故か、私 正一のところに、よっしゃ!教えたろやんけ!
旧四日市や四日市祭の歴史について、なるべく解りやすく教えたつもりでしたが、
さて、解ってもらえたかなぁ〜?
質問があれば、いつでも来なさい☆
 

TOPページ

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月14日(土)09時50分9秒
返信・引用
  先日、freakesさんのHP↓
http://www.kujirabune.jp/
でお馴染みの「祭り好き」先生から
H14年に行われた、「諏訪神社御鎮座800年祭」のお写真を頂きました。
どうも、ありがとうございました。
とてもすばらしい写真でしたので、
TOPページに使わさせて頂きました。
「祭り好き」先生は南浜田の練り「舞獅子」の関係の方で、郷土史に非常にお詳しく、
南浜田の写真も頂きましたので、そちらも後々紹介させて頂きます。

よろしいですよね、「祭り好き」先生!
 

えぐい

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月14日(土)03時53分32秒
返信・引用
  この間は、正一さんに楠の時の写真を送って頂いてありがとうございます。
しかし、あまりに浮いているのでビックリしています。
こんなのよく参加させていただけましたね。
まともな写真を載せたいのですが、モデルがfreakesさんなのでなんともなりません。
南納屋の皆さん、帯を使わせて頂きましてありがとうございます。
 

ありがとうございます

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月11日(水)23時02分53秒
返信・引用
  先日は、ありがとうございました。
正一さんに観に来ていただきまして、私も一段と張り切ることができました。
祭りモードとは、なかなかおもしろいですね。
ドコモダケのTシャツを愛用している私は、iモードとでも言っておきましょうか。
明神丸と龍神丸、同じ鯨船とは思えませんけれどもね。
念の為に、二つの鯨船の写真を載せておきます。
かわいい娘の「私も乗りたい」って声が聞こえてきそうですね。
freakesさんの楠での写真が見てみたいです(わがまま言ってすいません)
 

鯨船とは関係ありませんが

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 9日(月)23時09分7秒
返信・引用
  未だ、祭モードが消化されていない
私 正一は、昨日の南楠に続き、
今日は桑名の殿様御台所祭・千姫折鶴祭を観てきました。
やばい、ブログ状態になっている・・・。
 

南楠もすばらしい

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 9日(月)22時59分9秒
返信・引用
  結局、四日市祭の一週間だけ天気悪かったんですね。
誰ぞの、日頃のなんとかが・・・って事はないでしょうけど。
龍神丸は、ただただ数で圧倒されます。
しかし、私 正一の南楠の印象は、
人の繋がりを大切にし、
練り自体を見せる事より、まず自分たちが楽しむ。
そして、地域を盛り上げていく・・・という風に感じました。
(リーフレットのフレーズは、納得しました)
南楠鯨船HP管理人さんより了解を頂きましたので
近々リンクに入れさせて頂きます。
 

南楠の龍神丸

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 8日(日)21時03分33秒
返信・引用
  南楠へ行ってきました。
なんと富田のfreakesさんが龍神丸についていました。
(事前には聞いてましたが、なんかおかしくて笑っちゃいました)
龍神丸の太鼓叩きさんや南楠の鯨船HPの管理人さんが親切してくださり、
大変楽しく拝見させて頂きました。ありがとうございました。
しかし、龍神丸はホンマに若い衆が大変多く、クジラも何匹もいて、
ただそれだけで盛り上がってしまうような雰囲気でした。
そういえば、梶取のJクンも観にきてました。
富田にしても、南楠にしても、他の鯨船祭りを観る事は大変勉強になります。
納屋も見習わなければならないところがたくさんありました。
 

コーディネイトは、こうでねいと

 投稿者:freakes  投稿日:2006年10月 7日(土)00時18分41秒
返信・引用
  先日は、どうもお世話になりました。また南納屋の皆さんには、親切に指導していただき有難うございます。
残念ながら雨で中止となってしまいましたが、勇壮な明神丸の姿が見られることを期待しております。

ところで相談なのですが、週末のパーティーに着ていく服装を悩んでいます。
どういった組み合わせがオシャレでしょうか。

東條さんに聞いた話によりますと、肥料の人糞をもらったお礼に港湾労務者が明神丸の操作に参加したようなことも言っておりました。

早く一般公開して、みなにこのページのすごいところを見せ付けてやりましょう。
 

T−MANさん

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 4日(水)23時16分25秒
返信・引用
  T−MANさん 書き込みありがとうございます。
そもそも、鯨船を所有した3ヶ町 南納屋町、袋町、北納屋町は
四日市屈指の財産家数戸が居住した蔵町や中納屋町(旦那衆町と呼ばれていた)とは
対象的なたたずまいでした。
この3ヶ町の人々の職業は、漁師や港湾労務者と呼ばれた職業が多く、
腕っ節強く、気も荒かった反面、情に脆いかったのです。
(生川半四郎さんの「諏訪の森に寝る 鯨船正一丸の追想」より)
現在では、サラリーマンが増え、機械工具も発達しています。
諸先輩方のような練り方に近づくには、T−MANさんおっしゃるとおり、
筋トレしかないと思います。私、正一も少しばかりやってますよ。

ご覧になっているとは思いますが、
写真は昭和63年発行の「鯨船山車 明神丸」の中の一枚です。
健康のためにも筋トレは大切ですよ。無理せず頑張ってください。
 

TOPページの写真について

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 4日(水)23時14分17秒
返信・引用
  先日、写真を提供して頂いた中山さんから、
TOPページの写真の年と場所について教えて頂きました。
まず場所は練倉前という事です。
その証拠に以前あったタバコ屋さんが後ろに見えます。
多分、出船前に撮った集合写真だろうとの事です。
そして年は、昭和38年か39年で、ご自身が写っているそうです。
中山さん、ありがとうございました。
 

今年は・・・

 投稿者:T−MAN  投稿日:2006年10月 4日(水)10時59分26秒
返信・引用
  本当に残念でした。。。来年、宜しくお願いします!
来年に向けて筋力トレーニング始めます!!
 

来年に向けて・・・

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 1日(日)23時51分13秒
返信・引用
  今日一日時間が空いてしまい、その後出かけはしたものの、
心にポッカリ穴があいたような・・・
「今日なんでこんな事してんねやろ?」状態でした。
鯨組さん、来年まで長いですが、今年の分まで来年やりましょう!
祭りが終わると、どうしてもテンション下がりますが、
このHPにドンドン書き込んで頂き、
寒い冬になっても気持ちは祭り一色状態でいましょう!
鯨組さん!今度一緒に大阪でも行きますか!!
 

まつり

 投稿者:鯨組  投稿日:2006年10月 1日(日)22時14分18秒
返信・引用
  前日から雨が降るかなぁとは思っていましたが、まさか朝から
降り続くとは・・・残念です。
今年はこんな結果になってしまいましたが
また来年よろしくお願いします!!
ではでは・・
 

やっぱり祭りは2日ほしい

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 1日(日)11時27分30秒
返信・引用
  アメリカ人さん(←うそつけ)
そうですね、残念ですが、来週南楠の龍神丸でも観にいきますか?
でも、ウチがおあずけされただけに、辛くなってしまうかも・・・。
今日一部の人は、今日の勢いで大阪岸和田まで祭り衣装買いに行っちゃいました。
 

ザンネンデ〜ス

 投稿者:アメリカ人  投稿日:2006年10月 1日(日)11時10分42秒
返信・引用
  ワタシ、ホゲイハンタイネ〜!!
デモネ〜クジラブネダイスキネ〜
タノシミニシテタダケニザンネンネ〜!!
イチネンカン・・・オアズケネ〜(T_T)
 

南納屋町 鯨船は中止です

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 1日(日)09時59分25秒
返信・引用
  本当に残念ですが、
本日 四日市祭りの鯨船は雨天により中止となりました。
みんなガッカリしておりますが、来年まで十分過ぎる充電をして
今年やろうとしていた練り以上の事をするつもりで
また納屋を盛り上げるべく
来年 望みたいと思ってます。
準備に関係して頂きましたみなさま
本当にご苦労さまでした。
 

四日市祭です。

 投稿者:正一  投稿日:2006年10月 1日(日)06時09分54秒
返信・引用
  う〜ん、天気が怪しいなぁ・・・。
なんとかもってほしい・・・。
とりあえず、準備!準備!
 

ハリキリボーイさん!?

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月30日(土)23時37分42秒
返信・引用
  はじめまして、ハリキリボーイさん!
ていうか、しょっちゅう顔合わせてるアナタはダレ?ハリキリボーイさん!
そうですね、今年はコクジラ制作など本番前にかなり疲れてますが、
いよいよです。いよいよです。(なんで2回いうねん)
是非諏訪さんの奉納の練りは成功させるため、倒れるまで頑張りましょう!
その前に酒で倒れないようにしましょう・・・。
 

どうも!鼓太郎さん!

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月30日(土)23時16分45秒
返信・引用
  鼓太郎さん!このHPでは「はじめまして!」
↓ freakesさんのHPからの出張ですね。
http://www.kujirabune.jp/
私 正一は町内で色々忙しくて、申し訳ありませんが、
鼓太郎さんの演奏は観に行く事ができませんでした。ごめんなさい。
無事奉納されたとは思いますが、お疲れさまでした。
明日は天気が少し心配ですが、鼓太郎さん!明日も楽しみましょう!
私も今日は諏訪さんで祈祷して頂き、テンションが上がりっぱなしです。
“勇壮な”と呼ばれるような練りができるよう頑張ります!
 

はじめまして!

 投稿者:ハリキリボーイ  投稿日:2006年 9月30日(土)14時36分56秒
返信・引用
  いよいよ明日ですね。
昨年は夏秋2回楽しんだけど、
今年は秋までオアズケだったので、待ち遠しかったゾ!
さあ〜明日は倒れるまでガンバロかな!
 

初書き込み

 投稿者:鼓太郎  投稿日:2006年 9月30日(土)09時21分27秒
返信・引用
  ほじめまして!
諏訪太鼓バカ・祭りバカ、そして鯨船ファンの鼓太郎といいます。

僕ら諏訪太鼓は、今日の午後に諏訪さんに奉納演奏(14時40分ごろから)です。
明日の練はぜひ見に行きたいと思っておりますので、明神丸の勇壮な練を期待しております!

テンション上昇中の鼓太郎でした。
今後ともよろしくお願いいたします。
 

今年は 其の二

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月29日(金)05時36分32秒
返信・引用
  慣らしの時はたくさんの女の子も来て
コクジラをかぶっていきました。
やっぱり女の子も鯨船やりたかったんやなぁ・・・
綱引っ張るだけやとつまらんわなぁ。。。
 

今年は 其の一

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月29日(金)05時31分53秒
返信・引用
  コクジラを造っているといつの間にか子供達が集まってきたりしました。
そのせいもあってか?慣らしの時は大勢の子が参加してくれました。
 

安芸の宮島

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月27日(水)22時29分5秒
返信・引用
  去年、間違えて色々と問題となった
「安芸の宮島(役唄)」での鳥居くぐりを何度も練習。
今年、間違いは許されません。。。
 

慣らし最終日

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月27日(水)22時24分30秒
返信・引用
  昨日、雨天にて中止になりましたが、今日で慣らしを仕上げ、
もう一日延びませんでした。
(個人的にはもう一日したかったけど、
ウワサによると、明日T君ゴルフがある?とか、ないとか。オイオイ!)
オドリコさん、ロコギさん、コクジラさん!
本番までに忘れたらアカンでぇ!
 

姫クジラ?

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月26日(火)22時10分39秒
返信・引用
  お化粧?はたまた美容整形?
可愛くしちゃいました。
諸先輩方に怒られるかな?
大目に見てください☆
 

慣らし中止

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月26日(火)18時53分46秒
返信・引用
  本日の慣らしは
雨天にて中止です。
風邪に注意してください。
 

コクジラの群れ

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月26日(火)12時26分55秒
返信・引用
  なんとか制作が間に合ったコクジラに子供たちは大ハシャギ!
クジラ役の大人の人、子守ご苦労さん!
早くも一部破損してしまいました。
君たち本番までに原型を残しておいてね。。。
 

裸船での慣らし

 投稿者:正一  投稿日:2006年 9月26日(火)12時17分45秒
返信・引用
  町内での慣らし初日!
Tクン、Sクン、すでに本番仕様とは参りました。
「岸和田のだんじりの試験曳きにTシャツはおらんやろ!」とTクン。
去年まで君もTシャツやったやんけ。しかもだんじりやあらへんし・・・、
君には負けます。
お疲れさん!あと2日で仕上げましょう!
 

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